境界性パーソナリティ障害だった/対人関係が難しい

前回の投稿から10日以上空いてしまいました…。

 

現在求職中なので、時間はあるのですが

学んでいることがあるので、仕事を探す以外は勉強や宿題の時間に充てています。

 

今回は対人関係について。

先日も「ちょっと身勝手な人だなあ」と感じる女性とやり取りをしていて

「私の方が気を遣っている(だろう)」という思いが湧き出てきまして、我慢している気持ちが爆発しそうでした。

やんわりと指摘をして主張しないと、もっと相手のペースに乱されてしまうかもしれないと思ったので、絵文字を使って「私のことも考えていただきたいデス…」の主張をやんわりしたのに…既読無視ですよ。

 

や、症状全盛期の頃よりはずっとソフトな普通な対応だったと思ったんですけど。

また少し考えてしまいましたが

ベストセラー「嫌われる勇気」を思い出しましたよ。

そう、嫌われてもいいから伝えようと思ったので、それはそれでよかったのです。

 

境界性パーソナリティ障害(BPD)の頃は、本当に他人とどう接したら良いかわかりませんでした。特に女性。

私は女子の集団シカトなどのいじめにあっていたこともあって、女子が怖くて仕方なかった。というのもあります。

女子の隠しているようで隠しきれていない二面性が強かったです。

(今も、怖いっちゃ怖いですけど…最近も怖いと感じる出来事がありました)

 

これは私の分析と、心理学本などのうけうりなのですが

精神的に病んでしまう人は基本的に、両親との関係が薄いです。

ラポール(信頼関係)が構築されていないのです。

だいたい母親が不安定で、その不安定さが夫に理解されていないことが多いと思います。

 

私が壊れてしまったきっかけは、いじめと両親だと思っています。

特にBPDは母親だと思います。

いじめられた時、プライドを捨てていじめられたことを打ち明けましたが、母親はケアをしてくれませんでした。

その時に「ああ、私一人で頑張らなきゃいけないし、世の中は頼れる人がいないんだ」と哀しくなりました。

そして決死の打ち明けが、とても恥ずかしく感じたのです。

 

これは私のケースですが、両親がしっかりと包み込んでくれれば

自己存在はぐらつかないはずなので、パーソナリティ障害などの精神障害で苦しまないはずです。

 

振り返ると、あまり関わりがなかったし、話も少なかったし

褒めてもらった記憶もほとんどないです。

 

その代わり、やかましくいろいろ怒られました。

うん、やっぱり関係性は薄かった。